江戸前(えどまえ)。
『江戸前寿司』に使われる食材が日本のみならず世界各地からの輸送品である事は言うまでもない常識で、『本当に江戸前で捕れたネタ』がもし半数でも使われていたら逆にビックリするだろう。
その一方で、『江戸前』がどの辺りを指すのかを明確に示す資料や情報を探してもなかなか見つけられないので、筆者なりに考察してみたい。
【文字を調べてみると・・・】
- ①江=日比谷入江
- *ひび=牡蠣や海苔を養殖する為に立てる棒で、『ひびや(日比谷)』の水深が浅かった事が分かる。
- ②戸=戸口
- 入江の戸口(出入口)又は狭くなっている所 → 江の戸 → 江戸(地名/人名(姓) ➡ 江戸城(を中心とする都市圏と文化圏)
- *江戸城自体も当時は『江城(こうじょう)』、『江の城(えのしろ?/えのじょう?)』または『千代田城』と呼ばれていた???
- *江戸の範囲が正式に定められたのも江戸時代のかなり後期らしい???
- ③谷戸(やと)の対義語(あるいは類義語?)としての江戸(えど)
- 『谷戸』は丘陵が水(具体的には川)の浸食作用によりU字型の谷になった地形を指し、地名としてそのまま使われる事がある。
【周辺に存在した『江戸○○』】
- ①江戸前島(えどまえじま/しま)
- 日比谷入江の東側に延びていた半島
- *江戸城の拡張により入江が埋められたため、島ではなくなった
- *現在の銀座(一丁目~八丁目)とほぼ重なり、そこを貫く『中央通り』の標高(海抜)は、現在(2026年)でも周囲(東西)よりわずかに高くなっている
- ②江戸湊(えどみなと)
- 日比谷入江内にあった船着き場で物流拠点
- *湊(みなと):本来は水門と表記されていたらしい
- *周辺には別な湊も複数存在していて、中央区の隅田川沿いには『湊』と言う町名が現存する
【まとめ①(現代用語としての江戸前)】
- 『江戸前(の)海』の省略形
- *もともとは、『江戸前島』、『江戸前(の)海』、『江戸湊』と使い分けがされていたと思われる。
- その後、『前島』や『湊』が埋め立てにより消滅した(陸続きになった)ため、単に『江戸前』言った場合『前(の)海』を指すようになったと推測する。
【まとめ②(初期の江戸前)】
- 『江戸前(の)海』の範囲
- 『日比谷湊(入江)』から『深川と品川を結んだライン』の間に存在した海域(汽水域)。
- 【左】埋立てが進む前の江戸のイメージ 【右】筆者が推定する江戸前(初期)の範囲
-
- 【左】江戸の原風景(日建協ホームページ『江戸といふもの、坂道といふもの・・・』中の図版)
- 【右】東京港拡張の変遷(東京都地方整備局港湾空港部)を抜粋の上、赤色で追記
- 埋め立てが進む前、深川と品川は海岸線に面しており、二点間で見通しが効いたらしい
- 現在(2026年)では、【佃島の船着き場】と【台場(砲台跡)周辺】に江戸前の名残を感じる
【蛇足(江戸前の拡大・膨張)🐍】
- 日比谷湊(入江)~江戸湊 ➡ (現在の)東京湾内(千葉県と神奈川県の沿岸を含む) ➡ 東京湾内から日帰りで出漁出来る範囲 ➡ 東京湾内に直接水揚げ出来る範囲 ➡ にぎり寿司のスタイル ➡ 東京風の料理
【参考(料理名の省略について) 🍜】
- <蕎麦>
- 本来は『蕎麦掻き(そばがき)』、『蕎麦切り/切り蕎麦』、『そば湯』などに区別されるが、単に『そば』と言う場合『切り』の方を指す。
- <ちくわ>
- 本来は『竹輪蒲鉾(ちくわかまぼこ)』と『竹輪麩(ちくわぶ)』に区別されていたが、現在では単に『ちくわ』と言う場合『蒲鉾の方をさす』
- <区別が今でも明確な例>
- 葛(くず):葛湯、葛切り、葛餅
改訂
初出 2026/1/4
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